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大阪高等裁判所 昭和52年(ツ)58号 判決 1977年10月06日

上告人

玉田まさ

上告人

玉田博一

右両名訴訟代理人

臼杵敦

亡玉田源太郎遺言執行者

被上告人

大藤潔夫

主文

上告人玉田まさの上告を棄却する。

上告人玉田博一の上告中同上告人の訴外小池喜代子に対する一審判決添付別紙目録(一)記載の山林についての所有権移転債務不存在確認を求める部分および同上告人の被上告人に対する原判決添付別紙図面表示の826.44平方メートル(二五〇坪)についての所有権移転登記の抹消登記義務不存在確認を求める部分に関する部分を棄却する。

同上告人のその余の上告を却下する。

上告費用は、上告人らの負担とする。

理由

上告代理人白杵敦の上告理由について

上告人らは、昭和四〇年二月二六日死亡した玉田源太郎の相続人であり、被上告人は、昭和四七年六月三〇日源太郎の遺言執行者に選任されたものである。源太郎は、昭和三九年三月三〇日付自筆証書によつて遺言には、小池喜代子に対する遺贈として、「神戸市垂水区西垂水字高丸陸二二四三ノ一五三地目現在山林実測坪三〇八坪三合七勺、これを分筆して内二五〇坪を喜代子に分与するものとする、右現今の対価金六五〇万円也と見積る。右現金にして支払いするも可なり」との記載がある。しかるに、上告人博一は、右約三〇八坪の山林(一審判決添付別紙目録(二)記載の山林、以下「本件山林」という。)について、神戸地方法務局須磨出張所昭和四〇年四月二三日受付第一〇二四六号をもつて、相続を原因とする所有権移転登記を経由した。しかし、その後本件山林についての右所有権移転登記のうち原判決添付別紙図面表示の826.44平方メートル(二五〇坪)の部分(以下「本件山林部分」という。)につき、同上告人の被上告人に対する抹消登記手続義務が存することが判決によつて確定された(第一審・神戸簡易裁判所昭和四〇年(ハ)第三九四号、控訴審・神戸地方裁判所昭和四一年(レ)第七五号、上告審・大阪高等裁判所昭和四三年(ツ)第九二号)。そして上告人らは、その後、昭和四八年三月一六日到達の内容証明郵便で、喜代子および被上告人に対し、本件山林のうち二五〇坪に代えて六五〇万円を支払う旨の意思表示をし、ついで、昭和五〇年一〇月一八日神戸地方法務局に被上告人にあてて六五〇万円の弁済供託をした。

原審は、以上の事実を適法に確定したうえ(なお、原審は、その判文に照らすと、本件遺言は、本件山林部分の特定遺贈を定めたものと認定している旨と解される。)、かりに右遺贈がいわゆる任意債権を定めたものであり、かつその代用権が遺贈義務者に属すると解するとしても、本件においては遺言執行者が選任されているところ、このように遺言執行者が選任されている場合には、右代用権を行使して本来給付から代用給付に変更せしめる行為もまた遺言執行の範囲に含まれとものと解すべきであるから、右代用権の行使は遺言執行者においてなすべきものであつて、相続人はこれを行使し得ないものといわなければならないとして、上告人らにおいて代用権を行使し得ることを前提として、上告人らが被上告人を相手として求めた(一)上告人らの喜代子に対する本件山林中二五〇坪部分についての所有権移転債務に関する不存在確認請求、および、(二)上告人博一の被上告人に対する本件山林についての所有権移転登記抹消登記義務に関する不存在確認請求中本件山林部分についての請求を、いずれも棄却すべきものとしたのである。

思うに、原審が確定した右の事実によると、本件遺言は、要するに、本来的には本件山林部分を喜代子に取得させることを目的とする特定遺贈を定めているが、遺言者において遺言書作成当時ないし相続開始当時の時価と目した六五〇万円を遺贈義務者(本件では相続人である。)において喜代子に支払うことにより、本件山林部分の特定遺贈に代えることができる旨を定めたものということができるから、他に特段の事情のあることが確定されていない本件においては、右遺言の趣旨とするところは、本件山林部分の移転(引渡および所有権移転登記)を本来給付とし、六五〇万円の支払を代用給付とし、代用権者を遺贈義務者である他相続人とするいわゆる任意債権を定めたものであつて、代用給付が本来給付の価値より少なくないか、これに近似していることを当然の前提とし、かつ、相続人において、代用権行使により本来給付の義務を免れたとするためには、受遺者に対し相続人が金銭債務を負担するだけでは足りず、現実にその履行がされるか、受遺者の承諾による代物弁済等その履行がされたのと等しい効果が生じることを必要としているものと解するのが相当である。そして、相続人による代用権の行使は、遺言執行者がある場合でも妨げられるものではないと解すべきである。けだし、遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができず(民法一〇一三条)、遺言執行者が、相続人に代わつて、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の処分をする権利義務を有することになる(民法一〇一二条一項)が、本件における代用権の行使は、遺言で定められた本来給付をしないで、代用給付をするものと特定する一面をもつところ、このこと自体は、むしろ、遺言の内容を確定する行為とみることができるのであつて、なんら遺言執行者による遺言の執行を妨げる行為ということができないし、また、相続人において本来給付を免れるためには、上記のとおり受遺者に対し金員の支払、代物弁済等がされる必要があり、この金員支払等の行為自体は、遺言の執行と関係がないわけではないが、相続人自らが、その固有財産または相続人において処分権能を失つていない相続財産の中から、任意右の支払等をしたからといつて、なんら遺言執行者による遺言の執行を妨げるものではないからである。したがつて、これと異なる原審の判断には、法令解釈の誤りがあるというべきである。

ところで、上記のとおり、本件において相続人が本来給付を免れるためには、受遺者に対し現実に代用給付の履行がされる必要があるところ、原審の適法に確定した事実関係によると、上告人らは、受遺者である喜代子および遺言執行者である被上告人に対し、代用権を行使する旨の意思表示をし、ついで、被上告人あてに六五〇万円を弁済供託したというのであるが、遺言執行者は受遺者の代理人ではないから、上告人が被上告人あてに右の供託をしたからといつて当然に喜代子に対する支払の効果が生じるものではない。したがつて、右供託時において、かりに六五〇万円が本来給付の価値より少なくないか、これに近似したものであつたとしても本件において上告人らによる適法な代用権の行使がされているということはできない。すると、適法な代用権の行使があつたことを前提とする上告人らの叙上請求は、すでにこの点において失当として棄却を免れないから、原判決の上記法令解釈の誤りは、その結論に影響を及ぼさないということができる。他に原判決に所論の違法はないから、論旨は採用することができない。

なお、原審が、上告人博一の被上告人に対する本件山林についての所有権移転登記抹消登記義務に関する不存在確認請求のうち本件山林部分を除いた部分についての同上告人の訴を却下した部分につき、同上告人は上告理由を記載した書面を提出しないから、この部分に関する同上告人の上告は不適法として却下を免れない。

よつて、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、三九九条、三九八条、九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(朝田孝 藪田康雄 川口冨男)

上告代理人臼杵敦の上告理由《省略》

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